腐っても鯛

【漢字】腐っても鯛
【読み】くさってもたい
【意味】鯛は祝い事に食べる高級な魚で、腐っても値打ちがあるというたとえから、本来高級品や優れた人は、年数が経ってもそれなりの値打ちがある。直接人には言えない褒め言葉。
【例文1】彼女は専業主婦になる前はパティシエだった。お店が忙しく手伝ってもらったが、手際がよく腐っても鯛だった。
【例文2】マラソン界から退いたものの、コーチとして腐っても鯛だと自負する。
【例文3】前職を手伝い、役に立てて腐っても鯛だ。

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腐っても鯛という言葉は褒めているのかけなしているのか

腐っても鯛という言葉は一見しただけだとけなしている様に思える言葉になります。これは腐ってもと言う言葉がポイントになっていて、基本的に食材などは腐ってしまうと価値がなくなってしまいます。なので腐っても鯛と言う言葉も悪い言葉の様に思う方は多いのですが、元々は人や物などを褒める言葉になっていました。
そもそも鯛と言うのは高級魚になりますので、おいそれと購入できる魚ではありませんし、メデタイと言う事から縁起の良い魚として祝いの席などで使われていました。したがって非常に格の高い魚であり、その事から例え腐ってしまっても鯛は良いものであると言う言葉が生まれました。
この様に元々は価値の高い物は劣化しても価値があるものと言う意味になり、似たような言葉としては痩せても枯れても武士は武士と言う言葉があります。この場合も武士は痩せ衰えたりしても武士としての気概などは持ち続けていると言う意味になり腐っても鯛とほぼ同じ意味になります。
ただ、この言葉を人に向けて使う場合には注意が必要です。例えば引退したプロ野球選手が草野球で活躍した場合などに、腐ってもプロ野球選手などと言ってしまった場合には大変失礼な言葉になってしまいます。

「腐っても鯛」について

「腐っても鯛」の意味は「本来優れた価値のあるものは落ちぶれてもそれなりの価値があると考えられること」です。井原西鶴よりも後の浮世草子(うきよぞうし)の作家、江島其磧(えじまきせき)が、書いた「浮世親仁形気(おやじかたぎ)」の中に出てくる言葉です。「布子着せても美人には人が目を付くる。腐っても鯛とはよういうた物じゃ」と書かれ、「美人であれば、ぼろ布を着ていても人の眼にとまるものだ。腐っても鯛とはよく言ったものよ」という意味です。江島其碩はもとは浄瑠璃作者でありましたが、60篇以上の作品を書き、人気の浮世草子作者としても知られています。特定の身分、職業の人の類型をもとに特徴的な性格や、性癖などをおもしろおかしく描いた気質物と呼ばれる作風を得意とし評判を得ました。人物の観察眼が鋭くなければ書けませんし、風刺したり茶化したり話を広げて興味をそそる短編に書き上げるとは、素晴らしい才能の持ち主だったに違いありません。だからこそ、この「腐っても鯛」は時代は下り、京都系の「いろはかるた」に採用されるほどにまで広まったのでしょう。「腐っても鯛」で連想するのは、太宰治の「斜陽」です。没落していく元貴族の人々を描いた作品で、主人公の母は落ちぶれてはいても貴族としての誇りを持って生き、死んでいく、まさに「腐っても鯛」ですが、主人公たちは上手く生きられず苦しみます。鯛には鯛の悲しみがあると気づかされる作品です。

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